2013年3月5日火曜日

「朝(あした)に死に、夕べに生まるるならひ、ただ、水の泡にぞ似たりける。」





歩いている人は本当に少ない
道路を横断しようとすると
ずいぶん早いスピードで
軽自動車やワンボックスカーが
風を切って走る
道はかなり空いて運転手は
アクセルを気持ちよく踏んで
いるのだ

昭和を感じる入母屋造や
最近建てられた新築戸建や
古い二階建て平屋の家
ネットや多チャンネル充実の
築浅のこじんまりした
アパートやマンション
テラスハウスなどが混在する

ここは一体どこなのだ
削除修正された過去か
脳内無意識のフラッシュバックか

都市圏から外れた日本の地方の
街の様子はこんな感じだろうが
幼いころ見た
同じままの裏路地なのに
まるで知らない土地に
やってきたようだ
いや実際本当に知らないのだ

輪中と呼ばれた洪水防止の
円形の盛土の堤に似た
木曽川の水害から守るため
二重お囲い堤の地区から
名古屋都市圏へと続く
名鉄の単線終点駅へ
堤防をゆるやかに登る坂を歩く
車が僕の横を
どんどん通り過ぎて行く
目に入る人の顔は
クルマの明るいピカピカな
フロントガラス越しがほとんどで
自転車に会うことも珍しい

平成大合併でこの町が吸収された
一宮市の市街中心地ヘ
新しい二輌編成の赤い普通列車に乗る
ターミナル駅から幹線道路を一歩入った生活道路へ入ると
大通り沿いに
立ち並ぶマンションは
首都圏郊外に
たくさんあるのに似ていて
ついこの間まで
住んでいた街を思い出させる
かつての繊維街から住宅街に
変貌していた

30年ほど前に自転車で通った
まちなかを流れる小さな川沿いの
立つ桜並木は
遠目には少し靄がかり
煙っていた
つぼみのようすは
春がまだのせいか
まだ見られない



「お待たせいたしました、
いらっしゃいませ。 」

「カード忘れてしまったからレシートにしるし付けといてもらえんかね。」

「かしこまりました。
一週間後までにお持ちください、
加算させていただきます。」

「こないだの人はやってくれた
けどね。」

「次にこられた時に
おっしゃってください、
お願いいたします。」

「なるべく早めに来るでね、
ありがとう。」

NO3のレジマシンには
ガラス窓があり中には
鏡に囲われたキューブ体が
赤いレーザー光の
かすかな何列もの
交差する平行線が
バーコードの電子音に
共鳴し瞬間的にきらめく

僕の目の前には
年老いた老婆が特売の
一杯100円スルメイカをカゴを
差し出して
震えた指先で
百円玉をさがして
にっこりと
ありがとうという。

彼女は僕の今を見抜き
僕の手先がお札を
持て余して数える
おぼつかないその手先など
まるごと全ての
手の込んだ事情を読んだ上で
いつくしみ微笑んでいる

つい先ごろの
新年に入った一月には
予想もしなかった
こんな状況に変わり
つまりシゴトをカラダで
経験していると言う事実で

こうしたことが
起きていることは
目に見える世界には
通常あらわれることのない
みんなのそして僕の
脳の奥深い底で
何かが崩壊して
通じたに違いないのだ

東急沿線の地デジ工程管理の
最初の僕に似ている気がするが
今の僕は怒る激怒エネルギーを
費やしてはいず
その方向へも
むいてはいない





『 行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。

玉敷(たましき)の都のうちに、棟を並べ、甍(いらか)を争へる、高き、賤しき、人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。或いは去年(こぞ)焼けて、今年造れり。或いは大家(おほいえ)亡びて、小家(こいえ)となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中(うち)に、わづかに一人二人なり。朝(あした)に死に、夕べに生まるるならひ、ただ、水の泡にぞ似たりける。』


朝(あした)に死に、夕べに生まるるならひ、ただ、水の泡にぞ似たりける。
朝(あした)に死に、夕べに生まるるならひ、ただ、水の泡にぞ似たりける。

(方丈記 冒頭 鴨長明 )




2013年2月10日日曜日

「話すことがたくさんある時は、少しずつ話すのが一番いいんだ。」


「ダンス・ダンス・ダンス」
を読むいつものように
また自分自身で何か書いている気分になり
実際に書き始める
なんだ書けそうじゃないか
ただ食事をセックスを
服装をジャズを
クラッシックを
ポピュラーミュージックを
具体的に細かく表して行けばいい
趣味のいいやつをそれも飛び切りのを。

パスタは
鍋にひとつかみ塩を入れ
片手でぐるりと回して入れる
沸騰させしばらくして麺を一本食べる
ちょうど少し芯が残っていたら
アルデンテ。
ザルにとったちょうどそのとき
ついこないだ買い替えた
スマートフォンへメールがきた。

こんな風だが、

やれやれなるほど
勢いづいて書いてはみたものの
彼の文章には
具体的な描写の中に巧みに織り込まれ
密かに光りを放つ彼の主張 考え
多くの読者に共感を呼び起こす感覚
自分の事を書いてるのかと思わせる
その無意識との深き同調。
この僕がマネできるワケはない

「話すことがたくさんある時は、少しずつ話すのが一番いいんだ。そう思う。」

「おやすみなさい。」

ダンス・ダンス・ダンス。
僕は何度も読んでいる
読み返すたびにこんな話だったか?
しかし映画ならカット割はこんな風だ
小説の主人公の『僕』が
わからない何かを追いかけ始める
スタートはたいていおいしそうな
朝食 昼メシ 晩飯
ありあわせの材料で作ってしまう

サツマイモ入りお味噌汁
じゃこに大根下ろし
目玉焼きに醤油
湯気が立ち朝日の差し込む
食卓を続けるような
退屈な日々を過ごしてつまらなくなる時
驚きの展開を見せるんだ。

登場人物ですごい美女の何人かが
特徴のある考え方を切り出し
ありそうなシチュエーションで
あり得ない事態が動きはじめる


確かに
退屈な具体的描写とその並びは大切で
そこには時間的停滞と場面的条件設定が
恐ろしくつながっていて
僕らの脳内無意識に入り込んで来る

登場人物の彼らは皆
どこかある部分が極端に特徴的だが
例外なく発言は的確でムダがなく
引き締まってテンポがいい。
だらしないヤツはあまり出ない
行動や言動はハードボイルドでも
それと気づかせない魅力を持っている

いつもこの僕を『僕』だと思わせる
だが『僕』は名前は変わっても
村上春樹の小説では
全員同一人物に読めてしまう。

『僕』で書かれている
「ダンス・ダンス・ダンス」は
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の深い闇で繋がり
「アフターダーク」のテレビのブラウン管
「海辺のカフカ」の章と章の間の隙間は
全部つながっている
そしてかつては
降り立つ事のなかった奥深い底に
照らし出される事のなかった
この僕の脳の奥深い底に

つながっている
つながっている

全部つながっている
全部つながっている

ダンス・ダンス・ダンス。






2013年2月2日土曜日

「くっそー、負けたー。」



煙は高い煙突から
ゆっくりと立ち上り
薄暗い午後の空に溶け込み
その色は雲と区別はつかなかった
焼却場を囲む雑木林や
稲の株が残った田や
家庭菜園でこまかく分けられた
畑などが延々に続く風景は
トーンがおしなべて
冬の曇り空のその陰を
感じさせていた
iTunestoreから中島美嘉の
『雪の華』をダウンロードして
リピートする

…何かをしたいと思うことが愛ということ…。

昨年一昨年の
冬とは違い
景色は映像のように
その曲に織り重なっていく
なぜだろう車両点検で
終点変更を告げる
車掌のアナウンスも
急かされずうるさくもなく
それらの音の各々で
コードが進行していく



式典を行うキューブ型ビルの
畳敷き20帖ほどの親族控室で
地域の幹線道路に面した
襖を開ける
雨粒の筋が流れ落ち
枝のような模様がうつる
大きなガラス窓越しに外を見る
部屋の中では
高校2年の甥と中学1年の姪が
ゲームで勝負をして
「くっそー、負けたー。」

薄曇りの空から降る雨は
見えるだけで
エアコンでほてった耳には
その音は聞こえなかった
けれども

雨が心に音を立てていた

涙はどういうわけか
昨日までに枯れ果て
お別れの淋しさはやはり
遠く離れた地で
母親を思ったその時に
何度も何度も数えきれず
こみ上げていたのだった


「私はここでええでね。」

「え、あー、俺もこういう

ところでお通夜に出た事あるよ、

しかしまたそんな自分の葬式の話

しを…。」

「私が先と思っとったのに

わからんねー、どうなるか。」

「……。」

雨雲がフロントガラスの遠い先にあり
交差点で信号待ちにそんな話が出たのは
数年前の梅雨が明けた7月の
終わりの頃だった
助手席の母親の頭越しにみた
今その式場の3階に僕はいた。

そして
沈黙しもう二度とその
口を開き話さなくなった母も
その部屋で顔に布をかぶされ
無言のまま横たわっていた
姪っ子は遺体というものは
やはり
こわく感じているらしかった

甥っ子は
僕のメールには返信してはいず
その話さえもしなかった
これまでおじさんらしいという
ことなど僕には皆目わからず
できてもいないが
今回はどうしてか伝えたくなり
東京から名古屋への
のぞみの窓側座席でメールを
書き綴ったのだった




大変残念で悲しく
これからは寂しくなります。

あなたとは
孫とおばあちゃんの関わりですが
なにがしかの
思い出などを偲んであげて
いただきたく思います。


そんなことがらで
ひとつお伝えしたいことがあります。

僕は母に
約40年面倒をみてもらいました。

自分の子供ではない二人の
少年たちがいる家へ入ったことを
なぜ決断したのか40年後の
今年になってやっと知りました。

39年前の夏に僕らは初めて
会いました。
彼女は42歳僕は12歳
あなたの父は14歳
僕らの父親の同僚で岐阜在住の
人のご紹介で
僕の家に訪問し
日曜日の夕食を作ってくれました

当時日曜日は家では
トンカツと決められていて
それを作ってご馳走して
一生懸命作ってくれたのでした

子育ての経験がない人が
二人の難しい年頃の男子のいる
家庭にはいることは
そう簡単に決められる事ではない
と思います。

実際
僕自身が子供のいる人と
一緒に生活を共にすることを
考える機会がありましたが
なかなかどうして
他人の子供の親代りになる事など
決められるものではありません。

僕は7,8年前
母 に宛てた手紙に
当時の僕らは
あなたに救われていたことに
はっと気づき
あなたには本当に心から
感謝しているといった
内容を書き送りました。
今年の夏に電話で
彼女がその手紙を
見つけた話をした
その時思わずなぜ
当時僕らの母親になると決めたかを
聞いたところ

当時彼女は
岐阜市内に親御さんと兄夫婦で
同居していましたが
兄夫婦に男子二人兄弟がいて
とても可愛がっていたらしいです。

母は
僕ら兄弟ふたりとその甥っ子
ふたりが重なって見え
あの子たちが母親をなくしたら
どうしようと思ったら
たまらなくなって
そう感じたことがきっかけで
僕らの面倒をみることを
決めたと聞きました。

僕自身には
できそうもないことを
そんな心づかいで
決めた母 は40年変わらず
僕らの面倒をみてくれました

電話でしたが
あなたのおばあちゃんには
感謝してますともう一度
その時直接話しました。
いつもの事ですが受話器の向こうで
彼女は涙声に変わり
僕も胸が一杯になりました。

本人同士しか
なかなかわかりにくい
微妙な話とは思いますが
記憶にとどめてもらい
ああそうだったんだと
感じてくれればと
思います。

高校3年を目前にして
なかなか落ち着かないことも
あるかもしれませんが
偲んであげてください。

長いですが
あなたの妹にも
読ませてあげてください。

では後ほどよろしく



このメールを宛てた
二人は本当に仲良く
テレビゲームで勝負をしていた
通夜の前の晩だが
なんだか和んだ雰囲気が
その親族控室には漂っていた
悲しみに沈んでいない僕自身にも
なぜか好感がもてた

魔除けの剃刀がある祭壇には
常夜ロウソクの炎が
数十秒間震えて灯り

その向こうで
顔は白い布で隠れてはいたが
彼女は二人の孫がたわむれるのを
見守り愛しむように
ほほえみながらそのまま
横になっていたに違いなかった

年の瀬のにさしかかり
雨は夜更けを過ぎても
雪へと変わらず
寒い夜空では
薄く広い雲がゆっくりと
消え去ろうとしていたが

今夜の月の陰が現れるか
どうかもまた
いつなのかも
わからなかった

暦の上では彼女が
この世を去った昨日は
満月だった
そうとは知りもせず
おめでたいことに僕は
満ち足りた月の
かすかな光を全身で
浴びていただけだった
そのシンドウを
だた心地よく
本当にただ
感じていただけだった
















2012年12月22日土曜日

「すみません、明日はむずかしいので2週間後でお願いできませんか?」



電話が鳴った。

「担当変わったって聞いたんで
連絡してます、引き継ぎされてると思いますけど、明日見積り出ますか?」

「どちらの件でしょうか?」


「東浦和第三ですけどね、
聞いてなさそうですねえ、大丈夫スか?」

「すみません、明日はむずかしいので2週間後でお願いできませんか?」

「あー、またですか。困るんだよね、先延ばしされるとこちらもかばいきれないんだよねー、ったく。」


地デジ受信障害関連の仕事は
こんな調子に始まったのだが
これぐらいはマシな方で
唐突に怒鳴られる
ようなヒドいことが
立て続けにあったりした


もちろん
そうしたキライは
誰にとっても
どこにいてもあるが
前任者はこれが
原因でうつ病になり
その仕事を抱えきれず
投げ出してしまっていた
覚悟はしていたが
引き受けたのち
自分で約束してない期限が
あからさまになり
おいつめられるのは
うれしいには程遠い

自分自身の責任でない事を
請け負い引受けてしまう
その流れとやり方は
少年時代から
否応ない事態に追い詰められ
やらざるをえなかった
そのパターンだ

自然な流れだったら
楽しくやれたかもしれないが
今さらで悲しいけれど
我流に追い込まれて行く
小さな子どもは
絶対にやりたくないと
どうしても言えず

運命はその手口を
知ってか知らずか
いや
僕自身がその手口を手なずけ
年月を経てその轍わだちに
足を取られて行く
ことにも気づかず
自信やうぬぼれの鋳型へと
おのれでどんどん拍車をかけ
乗り続けて行ったのだ



海から遠く離れた広い平野の
東西を真横に切り取る
天候気象に敏感な武蔵野線沿線で
冬が近づいた午後
車両やホームで
西からの黄金の太陽光が
この網膜を振るわせ
乾いた空をまばゆく写し
色づく樹々の葉は美しく
赤色も黄色も青空と接し
錦秋の季節の自然を
余さず映し出していた

それらはまるで
うぬぼれて生き延びるしか
手立てをもたなかった
そのままの自分を
いつくしみ
いたわりつくし
繰り返し繰り返し
愛しなさいと
おだやかに
話しかけているかのようだった



恐かったから
変速裏ワザしか身につけられず
恐かったから
小手先でしのぎ切ることを確かめ
うぬぼれ
その溝にじわじわと
はまり込んで行く
恐かったから
僕は守りたかった

ああ、そうだったのか。
やっていけなかったんだ
そうするしか
やっていけなかったんだ


本当によくやった
本当によくやった
そうだね
がんばったね
えらかったね
がんばったね
えらかったね






2012年5月4日金曜日

「あー、そう、ややこしいのがあるんだよね。」



青くすみきった空の下
視界が途切れるまで
桜の花の帯が
ゆるやかな波を描き続いている

大きな公園の敷地内では
朱色に塗られたお堂へ向かって
池を跨ぐ橋は
歩く人の波が続き途切れない


「あ、それは裏返して。」

「はい。」

「もう少し右。」

「はい。」

花見の席で持ち寄った
チーズ  唐揚げ ワイン  焼き鳥
プチトマト  リッツ
拡げられた食べ物を
片づけようとする
彼女はかならず
先に言い出し
その受け応えが
記憶に残る

指図する人とそれを受ける人
各々関係を保ち
指図したがる人が
受けたがる人を従わせ
かならず上・下を決め
お互いに力を合わせ
感じ合うことはない

上・下をつくり
共感を説くそれが
矛盾なのだ。

いつも指図の彼女は
僕にもその矛先を向けて
頼みもしないのに、問題を
指摘した。

「何か心配なのよ、Yさんも
いってたし。」

「…。」

「理由はわからないけど、
何かあるのよ。」

一方的なのは
指図したがる人の
そのある何かが
成せるワザなのだ。


あー、そう、ややこしいのがあるんだよね。」

誰しもの奥底に潜む何かがあることを
分かち合えそうな人なら
その何かをつまびらかに
したりもするのだが

公園の敷地内その真ん中で
静かにさざ波をたたえる池に
揃ってかしずく
美しいさくらの花のその連なりは
僕ら全員のどす黒いその何かを
瞬間に吸収してしまい
ただ少し僕は引きつって
笑ったのだった。
その場所の数人にはいつも通りの
会話を装う一方通行だったのだろうが
桜の花の幕が僕自身を映し撮った
僕にとっての
劇的な瞬間だったのだ










世界最高の電波塔東京スカイツリー
東京タワーの紅白やライトアップとは違い
全体から展望台も
グレーに光り目立たず
帰宅途中の車両の窓から見るその姿は
この惑星地球のモノとは思えず
百光年先の天体からはるばる飛来し
狙いすましたように突き刺さった
異星人が作り上げた
超高性能ロケットが
窓枠の画面にVFX映像のように
ただ張り付き映っていた









2012年3月25日日曜日

「上げた腕ゆっくり下ろすだけで、みんな静かになるの 気持ちいいやろな。」



薄い雲は深い闇の中の空に
地上から照らされて
楕円形にぼんやり光っていた

エンジンの振動は安定して
ウインドーにも曇りはなく
前の小さなテールライトの
鮮やかな赤はぼやけずに
不規則に点滅する。
午後7時の122はジャンクションに近づいてもクルマはまばらだった
アクセルを大きく踏み込む
僕の背中の皮膚はその加速に
戸惑い震える

ほんの僅かのゆるやかなカーブは
ハンドルがなめらかにすべり
傾斜が少しメビウス帯のように
移りゆく流れは
クルマが命を持ち僕自身と一体ののように
風を限りなく軽く感じて走る



あの光る雲は
スタジアムの無数の照明が
美しく整備された芝の緑や
プレーヤーと同色のユニフォームのサポーターや
そのスタジアムを揺るがす満員の
大歓声や
何万人の一人一人の想いなどの
そのゲーム全体を照らした
反射光なのだ


「受付開始からずっと電話かけ続けて、話し中やってんけど、つながってん。」


「嬉しい、嬉しい、スゴーイ。」


「一階席のさ、まえから20番目やってさ。」


「やったー。」


フェスティバルホール、ロッドスチュアートで行ってんけど、
席がステージまでくだってて
音の良さで有名で
神が作ったホールって言われてるらしいで。」


「ホンマに嬉しいなー。楽しみやわー。」


彼らがデビューしたのは
僕が自分の部屋からコンサートチケットを取ろうと
必死に電話したその時から5年程前の事で
最初のデビューシングルは
聞き覚えをしてまるまる一曲
歌えるように繰り返し繰り返し
何度も聴いた。
彼らはまるでビートルズのように
和製ロックグループが日本にも
育って行く道を指し示すかのように
集中的に名曲を放った。
桑田佳祐のサザンオールスターズ。

「あんなふうに、上げた腕をゆっくり
 下ろすだけで、みんな静かになるの
 気持ちいいやろな。」


「そうやな。やっぱ天才やな桑田さんは
 歌詞がすごいなー。」


フェスティバルホールのステージでは桑田圭祐
がTシャツに青いジーパンにスニーカー
ギターを引きながら歌う


潮風が騒げばやがて雨の合図
悔しげな彼女と駆け込む
PACIFIC HOTEL
うらめしげにガラス越しに
背中で見てる渚よ
腰の辺りまで切れ込む水着も見れない
熱めのお茶を飲み
意味深なシャワーで
恋人も泣いてる
あきらめの夏


彼はそこで
両手両腕で歌い
体をよじり
腰をかがめ
切なく足をひねり
僕ら二人のこころに入ってきた
ホールの全員は
歌手桑田圭祐が呼び覚ました
日本の湘南の海の情景と
その恋心のうつくしさ
に誘われていた


そのときの歌のように
僕らは夏をあきらめて
ではなく
ただ僕だけが夏をあきらめたが
その後たくさんの彼らの曲を聞いていくうち
どういうわけか
いつのまにか
江戸時代の俳人
松尾芭蕉もそんな人じゃなかったかと
だんだんと思うようになった
桑田さんの使う日本語は
色や匂いがどうしても
日本そのままなのだった
なぜだか日本の自然そのままなのだった
このんで雨を歌うそのこころは
日本そのままなのだった
彼の歌う思い出はいつも
雨がこころに音を立てていた


そして奥の細道が呼んで誘う
美しい世界と同調していた
僕にはそう感じられて仕方がない


スタジアムを通り過ぎ
ウインドーがその大きな建物の黒いカゲ
でいっぱいになった
メビウスの帯の道路は
僕自身がオレンジ色に現像される
ネガフィルムになったように
角度を作り曲がっていく
僕の脳内もなぜだか曲がり始める


高架にあがったその道路は
東へおりて真っすぐに遠くの暗い街の
赤や黄色の小さなネオンに向かっていた
ウインドーには
ランプが青い行き先標示を照らしていた
そこには芭蕉が奥の細道で最初に宿泊した
街道の宿場の名前 春日部と記されていた





2012年3月8日木曜日

「どうするつもり?」




雨は日付けが変わってから降り出し
漆黒の闇の中で
大自然の掟が整然と関わり合い
雨粒は重力に抵抗なく落下しながら
凍りはじめ
その降下速度を落として
雪の結晶に姿を変え
ふわりふわりと舞っていた
いつもなら朝日が昇り
青空に泳ぐ軽く白い雲や葉の緑が
鮮やかな時間には
外は明るくなったが
見渡す限り一面に降り積もった雪がゆるやかに照り返す
足元の静かな輝きが
そこかしこの雰囲気を
別のものに変えていた。




「あたしがいるのはよくないと
思うから、お別れしましょう。」

「えっ?」

「そう思わない?」

 「初対面の君にそう言われてもさ、どこかで会ったっけ?」

  「じゃあさっきの事は一体なんだったの?
そんな事だから、女子をつなぎ止められないのよ。」

「確かに君はとてもキレイで魅力的だけれど
僕はそんなこと頼んだ覚えはない。」






広く白い雪面には今朝起きぬけに
突然やって来た夢が映しだされて
電車のスピードに乗って
場面も急激に展開して行く
そのすれ違いも手の込んだ
シナリオのように見事で
予感させる何かをひとことずつで
だんだんと募らせて行く










「どうするつもり?
 どういうつもりなの?」

「あー、いやー、俺誘われてさ
来てんだよね、だからさ。」

「最近すごく楽しそうで、いろいろ聞かされてるけど
思わせぶりなことばっかりしたら
かわいそうじゃない
ハッキリしてあげてよね。」

鉄板の上の焼きそばに
粉末ソースを満遍なくふりかける
タイミングをみて
スーパードライをはねないようにかけると
急に水分が沸騰する音とソースの香りが
公園のバーベキューエリアを包み込んだ
彼女の友人の女子は
缶を左手に右手は箸をアツい焼きそばに
僕の大阪弁がニセモノといったり
僕ら二人の行く末成り行きに
注文をつけていた
目の前には京王井の頭線で
時折ピンク色の下膨れ先頭車両
が交錯して走っていたが
ちょうど線路のこちら側は目黒区
で土曜の午後の時間帯が区民の抽選で当たり
彼女の十歳の子供も一緒に
数人かで食材を買い込んで来たのだった


「あたし、Smithに全部さらけだしてるのに
Smithは全然応えてくれない、なんでなの?」

「何でって言われるとさ。
俺自分の部屋とかは
見せらんないよ、やっぱり。
カッコ悪いからさ。」

「だから、あたしもそうだって言ってるのに。」


中目黒駅からほど近い徒歩圏内に
彼女が家族と住んでいる実家があり
もう少し足をのばすと
有名人が沢山住んでいるエリアで
その晩高架下の居酒屋で
火野正平のデカい笑い声を聞いて
みんなで笑っていたら
終電を乗り過ごし泊めてもらう羽目になった
狭く暗い部屋で彼女は
横になろうとしている僕に
スッピンの顔を近づけて
歯ブラシを渡しながら
僕をじーっと覗き込むように見つめて
かわいく言った。





「おやすみなさい、Smith。」








地上すれすれの高さで明滅する
光がかろうじてみえるそのあたりには
これから開業すると
近頃伝えられはじめた
東京スカイツリーが
遠くに小さく姿をあらわしていた
あれは航空機警告ランプの光だ

その明滅するサイクルを
走るこの車両の窓から
ただ静かに見る


それは暮れなずむ西の空で
瞬きはじめる金星のように
時の移ろいと否応なしに訪れる
明日を
そして変化変動を


ハッキリと伝えていた。