2011年8月20日土曜日

「もっと大きく外回られへんか。」




クォーターバックQBがしゃがみ
片ひざをついて丸く取り囲んだハドルの中で
軽くみんなに目を合わせながらプレーコールをする

「右フランカーF、アイIフォーメーションオフタックル51フェイク
 右ランパスオプション、カウントワン 。 」

両手を打って11人は軽快にそれぞれのポジションへ向かう、


センター C
ガード G
タックル T
タイトエンド TE
レシーバー WR
クォーターバック QB
フルバック FB


そしてテールバック  TB(ハーフバック HB:上図)。


僕はアイフォーメーションのこのポジションで
肩幅より少し広く両足を広げて
スーパーランナー・マーカスアレン(1983LAレイダース)を想像し
背中を伸ばして前傾姿勢でひざに軽く五本の指を添える

ユニフォームの下には

プロテクター
ショルダープロテクター
サイパット
二ーパット
フルスーツで重さは約6キロ。
ヘルメットは自分たちでラッカーを黄色くペイントし
シーズン最後のゲームの今日は色も剥げ落ち
特にフロントラインのそれは激しい当たりを物語っていた。

第四クオーター残り1分
ボールポジションは自陣30ヤード
サードダウンスコア0−7
このプレーコールでタッチダウンし2ポイントコンバージョンで
逆転が可能だ今ギリギリの瞬間がリーグ優勝の行方を決しようとしていた


チームは勝利を望んでいる
僕も勝ちたい
だが


スポーツの純粋な勝敗ではない
『何か』が
今この瞬間に
僕の中から立ちあらわれる


俺は... 。
俺にはボールはこない、正直気が楽だ。


しかし
心臓の鼓動が
聞こえる
微かだった音は

徐々にゆっくりと
大きく聞こえだした。
セットしようとする右手が
だんだんとおそくなる

真ん前のフルバックの動きまで

その音に合わせて
スローモーション化しはじめていた。








「どうする?    」




「…。     」



「みんな何て言ってるか知ってるか?やめる根性もないゆうてんねんで、
くやしないんか、どないすんねん?」

大学に入り突然
体育会アメリカンフットボールを
はじめ肩を痛めたその後、
練習にでられなくなった。



就職活動に有利という
触れ込みで勧誘され将来への打算がよぎり入部
ただ走るのが速いだけではトレーニングキツく
好きで楽しめることが大切な動機と思われたが

自ら問いもせず始めれば好きになるさと言う思いは甘く
ビギナーの自分に毎日の練習や暑い夏の合宿は苛酷を極めた
何のためにすんねんという僕の愚問に
俺ら自分のためにやるんやんけ ちゃうんかと彼は即答した。


切迫したこのゲームのハドルの中で彼は言った。
「もうちょっとおおそと大外回られへんか?    」

余裕のない僕は走ってるやんけちゃんととしか
答えることができずみんなのやる気をそいで
次俺に回してくれや思いっ切り外回ったるからな
という神が望んだ素直な言葉は出なかった


俺は一体どうしたいのだ?
ただ勝って満足がしたいの・・?


 ダウン、レディーセット、ハッ、
きちんとタイミングが合って当たるキツい音。
僕の中で呼吸と心音が交錯する
クオーターバックからボールを受けたふりをし
ハンドオフフェイクしてかがんで走り抜ける
相手チームディフェンスが一人僕についてきたが
だましきれたのは一人だけだ
フロントラインは相手チームディフェンスと当たり
フィールドに潰れてプレーヤーの目は皆
ボールの行方を追っている


明らかに僕の二列めの対応セカンダリーが
その瞬間の僕の責任だった

プレーヤーでは僕にしか分からないのだ
しかし


僕は
ハンドオフフェイクのあと残りのラインバッカーに
ダウンフィールドブロックをしなかった

クォーターバックのパスは
レシーバーの指先をかすめ
不成功に終わった。


ストライプのユニフォームの
審判がゲームセットの
ホイッスルを吹いた。

僕に期待を投げかけたキャプテンの彼のシーズンは終わった
僕の体はヘトヘトに疲れ
わずかにそのことだけにしか充実を確かめられず

リーグ優勝の対戦相手にナイスゲームと言われても
『何か』が残っていた



リーグ戦最終試合の打ち上げは
梅田の居酒屋でみんなが
シーズンを振り返っていた
前々回リーグ戦連続優勝のOBが
大きな声で酔いながら言った。


「今日の試合はSmithが最後のプレーで
 ブロックせえへんかったから負けた。」




かすかな『何か』を僕に残したリーグ戦から
どれだけ夏がすぎたのだろうか
彼とはその後祝いの席で同席したが




あれから
彼とは一度も会っていない。


Liflux.








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