2012年12月22日土曜日

「すみません、明日はむずかしいので2週間後でお願いできませんか?」



電話が鳴った。

「担当変わったって聞いたんで
連絡してます、引き継ぎされてると思いますけど、明日見積り出ますか?」

「どちらの件でしょうか?」


「東浦和第三ですけどね、
聞いてなさそうですねえ、大丈夫スか?」

「すみません、明日はむずかしいので2週間後でお願いできませんか?」

「あー、またですか。困るんだよね、先延ばしされるとこちらもかばいきれないんだよねー、ったく。」


地デジ受信障害関連の仕事は
こんな調子に始まったのだが
これぐらいはマシな方で
唐突に怒鳴られる
ようなヒドいことが
立て続けにあったりした


もちろん
そうしたキライは
誰にとっても
どこにいてもあるが
前任者はこれが
原因でうつ病になり
その仕事を抱えきれず
投げ出してしまっていた
覚悟はしていたが
引き受けたのち
自分で約束してない期限が
あからさまになり
おいつめられるのは
うれしいには程遠い

自分自身の責任でない事を
請け負い引受けてしまう
その流れとやり方は
少年時代から
否応ない事態に追い詰められ
やらざるをえなかった
そのパターンだ

自然な流れだったら
楽しくやれたかもしれないが
今さらで悲しいけれど
我流に追い込まれて行く
小さな子どもは
絶対にやりたくないと
どうしても言えず

運命はその手口を
知ってか知らずか
いや
僕自身がその手口を手なずけ
年月を経てその轍わだちに
足を取られて行く
ことにも気づかず
自信やうぬぼれの鋳型へと
おのれでどんどん拍車をかけ
乗り続けて行ったのだ



海から遠く離れた広い平野の
東西を真横に切り取る
天候気象に敏感な武蔵野線沿線で
冬が近づいた午後
車両やホームで
西からの黄金の太陽光が
この網膜を振るわせ
乾いた空をまばゆく写し
色づく樹々の葉は美しく
赤色も黄色も青空と接し
錦秋の季節の自然を
余さず映し出していた

それらはまるで
うぬぼれて生き延びるしか
手立てをもたなかった
そのままの自分を
いつくしみ
いたわりつくし
繰り返し繰り返し
愛しなさいと
おだやかに
話しかけているかのようだった



恐かったから
変速裏ワザしか身につけられず
恐かったから
小手先でしのぎ切ることを確かめ
うぬぼれ
その溝にじわじわと
はまり込んで行く
恐かったから
僕は守りたかった

ああ、そうだったのか。
やっていけなかったんだ
そうするしか
やっていけなかったんだ


本当によくやった
本当によくやった
そうだね
がんばったね
えらかったね
がんばったね
えらかったね






2012年5月4日金曜日

「あー、そう、ややこしいのがあるんだよね。」



青くすみきった空の下
視界が途切れるまで
桜の花の帯が
ゆるやかな波を描き続いている

大きな公園の敷地内では
朱色に塗られたお堂へ向かって
池を跨ぐ橋は
歩く人の波が続き途切れない


「あ、それは裏返して。」

「はい。」

「もう少し右。」

「はい。」

花見の席で持ち寄った
チーズ  唐揚げ ワイン  焼き鳥
プチトマト  リッツ
拡げられた食べ物を
片づけようとする
彼女はかならず
先に言い出し
その受け応えが
記憶に残る

指図する人とそれを受ける人
各々関係を保ち
指図したがる人が
受けたがる人を従わせ
かならず上・下を決め
お互いに力を合わせ
感じ合うことはない

上・下をつくり
共感を説くそれが
矛盾なのだ。

いつも指図の彼女は
僕にもその矛先を向けて
頼みもしないのに、問題を
指摘した。

「何か心配なのよ、Yさんも
いってたし。」

「…。」

「理由はわからないけど、
何かあるのよ。」

一方的なのは
指図したがる人の
そのある何かが
成せるワザなのだ。


あー、そう、ややこしいのがあるんだよね。」

誰しもの奥底に潜む何かがあることを
分かち合えそうな人なら
その何かをつまびらかに
したりもするのだが

公園の敷地内その真ん中で
静かにさざ波をたたえる池に
揃ってかしずく
美しいさくらの花のその連なりは
僕ら全員のどす黒いその何かを
瞬間に吸収してしまい
ただ少し僕は引きつって
笑ったのだった。
その場所の数人にはいつも通りの
会話を装う一方通行だったのだろうが
桜の花の幕が僕自身を映し撮った
僕にとっての
劇的な瞬間だったのだ










世界最高の電波塔東京スカイツリー
東京タワーの紅白やライトアップとは違い
全体から展望台も
グレーに光り目立たず
帰宅途中の車両の窓から見るその姿は
この惑星地球のモノとは思えず
百光年先の天体からはるばる飛来し
狙いすましたように突き刺さった
異星人が作り上げた
超高性能ロケットが
窓枠の画面にVFX映像のように
ただ張り付き映っていた









2012年3月25日日曜日

「上げた腕ゆっくり下ろすだけで、みんな静かになるの 気持ちいいやろな。」



薄い雲は深い闇の中の空に
地上から照らされて
楕円形にぼんやり光っていた

エンジンの振動は安定して
ウインドーにも曇りはなく
前の小さなテールライトの
鮮やかな赤はぼやけずに
不規則に点滅する。
午後7時の122はジャンクションに近づいてもクルマはまばらだった
アクセルを大きく踏み込む
僕の背中の皮膚はその加速に
戸惑い震える

ほんの僅かのゆるやかなカーブは
ハンドルがなめらかにすべり
傾斜が少しメビウス帯のように
移りゆく流れは
クルマが命を持ち僕自身と一体ののように
風を限りなく軽く感じて走る



あの光る雲は
スタジアムの無数の照明が
美しく整備された芝の緑や
プレーヤーと同色のユニフォームのサポーターや
そのスタジアムを揺るがす満員の
大歓声や
何万人の一人一人の想いなどの
そのゲーム全体を照らした
反射光なのだ


「受付開始からずっと電話かけ続けて、話し中やってんけど、つながってん。」


「嬉しい、嬉しい、スゴーイ。」


「一階席のさ、まえから20番目やってさ。」


「やったー。」


フェスティバルホール、ロッドスチュアートで行ってんけど、
席がステージまでくだってて
音の良さで有名で
神が作ったホールって言われてるらしいで。」


「ホンマに嬉しいなー。楽しみやわー。」


彼らがデビューしたのは
僕が自分の部屋からコンサートチケットを取ろうと
必死に電話したその時から5年程前の事で
最初のデビューシングルは
聞き覚えをしてまるまる一曲
歌えるように繰り返し繰り返し
何度も聴いた。
彼らはまるでビートルズのように
和製ロックグループが日本にも
育って行く道を指し示すかのように
集中的に名曲を放った。
桑田佳祐のサザンオールスターズ。

「あんなふうに、上げた腕をゆっくり
 下ろすだけで、みんな静かになるの
 気持ちいいやろな。」


「そうやな。やっぱ天才やな桑田さんは
 歌詞がすごいなー。」


フェスティバルホールのステージでは桑田圭祐
がTシャツに青いジーパンにスニーカー
ギターを引きながら歌う


潮風が騒げばやがて雨の合図
悔しげな彼女と駆け込む
PACIFIC HOTEL
うらめしげにガラス越しに
背中で見てる渚よ
腰の辺りまで切れ込む水着も見れない
熱めのお茶を飲み
意味深なシャワーで
恋人も泣いてる
あきらめの夏


彼はそこで
両手両腕で歌い
体をよじり
腰をかがめ
切なく足をひねり
僕ら二人のこころに入ってきた
ホールの全員は
歌手桑田圭祐が呼び覚ました
日本の湘南の海の情景と
その恋心のうつくしさ
に誘われていた


そのときの歌のように
僕らは夏をあきらめて
ではなく
ただ僕だけが夏をあきらめたが
その後たくさんの彼らの曲を聞いていくうち
どういうわけか
いつのまにか
江戸時代の俳人
松尾芭蕉もそんな人じゃなかったかと
だんだんと思うようになった
桑田さんの使う日本語は
色や匂いがどうしても
日本そのままなのだった
なぜだか日本の自然そのままなのだった
このんで雨を歌うそのこころは
日本そのままなのだった
彼の歌う思い出はいつも
雨がこころに音を立てていた


そして奥の細道が呼んで誘う
美しい世界と同調していた
僕にはそう感じられて仕方がない


スタジアムを通り過ぎ
ウインドーがその大きな建物の黒いカゲ
でいっぱいになった
メビウスの帯の道路は
僕自身がオレンジ色に現像される
ネガフィルムになったように
角度を作り曲がっていく
僕の脳内もなぜだか曲がり始める


高架にあがったその道路は
東へおりて真っすぐに遠くの暗い街の
赤や黄色の小さなネオンに向かっていた
ウインドーには
ランプが青い行き先標示を照らしていた
そこには芭蕉が奥の細道で最初に宿泊した
街道の宿場の名前 春日部と記されていた





2012年3月8日木曜日

「どうするつもり?」




雨は日付けが変わってから降り出し
漆黒の闇の中で
大自然の掟が整然と関わり合い
雨粒は重力に抵抗なく落下しながら
凍りはじめ
その降下速度を落として
雪の結晶に姿を変え
ふわりふわりと舞っていた
いつもなら朝日が昇り
青空に泳ぐ軽く白い雲や葉の緑が
鮮やかな時間には
外は明るくなったが
見渡す限り一面に降り積もった雪がゆるやかに照り返す
足元の静かな輝きが
そこかしこの雰囲気を
別のものに変えていた。




「あたしがいるのはよくないと
思うから、お別れしましょう。」

「えっ?」

「そう思わない?」

 「初対面の君にそう言われてもさ、どこかで会ったっけ?」

  「じゃあさっきの事は一体なんだったの?
そんな事だから、女子をつなぎ止められないのよ。」

「確かに君はとてもキレイで魅力的だけれど
僕はそんなこと頼んだ覚えはない。」






広く白い雪面には今朝起きぬけに
突然やって来た夢が映しだされて
電車のスピードに乗って
場面も急激に展開して行く
そのすれ違いも手の込んだ
シナリオのように見事で
予感させる何かをひとことずつで
だんだんと募らせて行く










「どうするつもり?
 どういうつもりなの?」

「あー、いやー、俺誘われてさ
来てんだよね、だからさ。」

「最近すごく楽しそうで、いろいろ聞かされてるけど
思わせぶりなことばっかりしたら
かわいそうじゃない
ハッキリしてあげてよね。」

鉄板の上の焼きそばに
粉末ソースを満遍なくふりかける
タイミングをみて
スーパードライをはねないようにかけると
急に水分が沸騰する音とソースの香りが
公園のバーベキューエリアを包み込んだ
彼女の友人の女子は
缶を左手に右手は箸をアツい焼きそばに
僕の大阪弁がニセモノといったり
僕ら二人の行く末成り行きに
注文をつけていた
目の前には京王井の頭線で
時折ピンク色の下膨れ先頭車両
が交錯して走っていたが
ちょうど線路のこちら側は目黒区
で土曜の午後の時間帯が区民の抽選で当たり
彼女の十歳の子供も一緒に
数人かで食材を買い込んで来たのだった


「あたし、Smithに全部さらけだしてるのに
Smithは全然応えてくれない、なんでなの?」

「何でって言われるとさ。
俺自分の部屋とかは
見せらんないよ、やっぱり。
カッコ悪いからさ。」

「だから、あたしもそうだって言ってるのに。」


中目黒駅からほど近い徒歩圏内に
彼女が家族と住んでいる実家があり
もう少し足をのばすと
有名人が沢山住んでいるエリアで
その晩高架下の居酒屋で
火野正平のデカい笑い声を聞いて
みんなで笑っていたら
終電を乗り過ごし泊めてもらう羽目になった
狭く暗い部屋で彼女は
横になろうとしている僕に
スッピンの顔を近づけて
歯ブラシを渡しながら
僕をじーっと覗き込むように見つめて
かわいく言った。





「おやすみなさい、Smith。」








地上すれすれの高さで明滅する
光がかろうじてみえるそのあたりには
これから開業すると
近頃伝えられはじめた
東京スカイツリーが
遠くに小さく姿をあらわしていた
あれは航空機警告ランプの光だ

その明滅するサイクルを
走るこの車両の窓から
ただ静かに見る


それは暮れなずむ西の空で
瞬きはじめる金星のように
時の移ろいと否応なしに訪れる
明日を
そして変化変動を


ハッキリと伝えていた。









2012年2月29日水曜日

「タダ程こわいものはないって言いますよね。」



「いま、あなたが担当の部屋から
ものすごい剣幕のクレームがあったけど、
身に覚えがあるか?」


「ええ。」

「困ったことをしてくれたな、ホントに。
 じゃあしょうがない、対応するから、
車ですぐにこちらへ戻るように。」

「全く、あなたというヒトは
いつもそうなんだ、
ことがことだけに
取り返しがつかなくなったら、大問題だ。
今日はもうこのまま事務所で謹慎だ。」







軍艦が二隻が歪につながったような十数階のその建物は
風雨に晒されたためか
外壁は多分竣工当時と大きく異なり
灰色に黒い大きなシミのようなカゲや筋が幾つもあり
人が住むには重苦しい感じを受けたが
その規模は数百を超えていた。
僕らは三人一組で
築数十年の団地の各部屋に訪問し
工事と称して多チャンネル放送の受信器を
工事費無料で設置するという
消費者センターに槍玉に挙げられそうな
スレスレのシゴトを
これから一致協力してはじめるのだ


「この工事はホントに無料で
やってもらえるの?」

「はい、もちろんです、居住者の方のご負担はございません。」


「後で請求されたりするんじゃないわよね。」


「そんなことは一切ありません、
無料です。」


「タダ程怖いものはないって言いますよね。」


僕以外の作業担当の2人は
狭くて暗い玄関先で足止めを喰らい
錆び付いたドアを半開きにして
道具を準備し突っ立っている
彼らの手持ち無沙汰な感じが
背筋と額に走る
生暖かい汗と一緒に
なんだか僕を
追い詰める

「無料と言って、
うせ料金に含ま
  れているんでしょう。」


「…。」


「…。」

「黙ったりするところが
ますますうたがいますね。」

「お金は一切いただきません、作業終了後、
この名刺の電話番号へ連絡してもらって結構です。」


さしだした名刺には
僕のイライラと焦りと背中の汗と
両腕の根深い緊張硬直がはたらき
その投げやりな気持ちが伝わるまま
コントロールを失った指先は
常識を振り切ってその紙切れを
弾き飛ばした。

テレビのない奥の部屋には
東南アジアの島にいそうな
極彩色の目を光らせた
不気味なサルが大きな鳴き声を出して
部屋の蒸し暑さに拍車をかける

僕の表情をずっと真正面で陣取り
こちらの表情をそのサルみたいに盗み取ろうと
視線を釘付けにして
垢と指紋の跡がついた瓶底メガネをかけた
時代遅れなオカッパ頭の女は、 目を吊り上げて言った。

「いったいなんだとおもっている?
バカにするのもいい加減にしろ、私の広い人間関係で、
仕事なんかできなくしてやる、
今すぐここから出ていけ。」




メタリックブルーのホンダtodayを
敷地内の所定位置に止めて
僕は1人で熱中症を防ごうとしていた
車内はエアコン最大レベルで
ときおりその車体は大きく震えていた
昨日の夜7時のニュース終了前の天気予報では
オヤジに大人気の半井小絵
目遣いで僕に語りかけていた
彼女によれば今年もまた記録的な猛暑が続き
やはりその原因は太平洋赤道付近の
海水が高温になるエルニーニョ現象によるものらしかった
薄いブルーの作業着は襟が汗とホコリで汚れが落ちず
首すじにその襟が擦れて妙に気になり
いつもにまして今日は調子が出ない




僕は一体どうしたいのだろう
仕事はなんのためにやるのだろう
何か願いがあったような気がするがいつの間にか、投げ出したのだろうか
結局、何もわかってないから
やり抜く事が出来ないんじゃないか
だから困難な状況に耐えきれず、
関係者に影響を及ぼしてしまう。
仕方がないと節目節目で
置き換え代用アレンジを
繰り返しした挙句のことだった。




梅雨がすぎて熱帯夜の情報が
毎晩天気予報で伝えられるのが
当たり前になった頃の事で
記録的な猛暑が連続し
僕自身のアツさも限界を突き抜け
ホネのつぎめや皮下汗腺から
煙が出始めた頃のことだった




だがしかし
夏の空も
藍より青く限界を突き抜け
ただ青く美しかった










                                                                              

            ※ ベリーベリーストロングのバックを聞いていたら

            FEVERのイントロが湧き出て書き出しました。
            同時にKISSのI was made for loving you.も。
                                       両方ともLOVESONGらしからぬ演奏が印象的です。



2012年2月25日土曜日

「あなたを好きな女の子がいるのよ。」




部活マネージャーは大学からはじめた
と新歓で話していた同期の彼女が、
夜ボーッとしている時に電話をかけてきたのは
彼女自身の来春の就職の内定式が終わり
もろもろ一段落したからのように僕には感じられた。



「オレは留年したやろ
スーちゃんやハシフジみたいに真っ当な
会社に就職出来るかどうかわかれへん、
けど、ごっついなー。
City 他に内定した子。いてへんやろ。
ホンマにすごいで。」

「たまたま、入れただけやねん。」

「ハシフジは、ホンマは
CAなりたかってんやろ
あいつなんか落ち着かんから面接とかどないやろ
両方とも受けたんか?」



学科は違っても、フットボール部所属で
普通に話し、練習のときに接する機会が多く
僕らは良くしゃべったけれども
直接電話で話すのはおそらくはじめてだった
僕が以前付き合っていた部室が隣の
ラグビー部のマネージャーとは同じグループで
学内ではいつも一緒にいる程親しかった
その話は出なかったが、彼女は言った

「Mr.Smithを好きな女の子がいてんねん。」


僕は返す言葉が見つからず受話器を握りながら
短パンの先のすね毛をむしったり
古い畳をもむしったりし
なんとなくわかるなぁとか
いけ好かないことを話をして
自分が練習前よく一緒に茶を飲んでる
後輩の2人のマネージャーのどちらかだと
勝手におもいこんでいた






薄曇りの空が建物の向こうに広がっていた
リーグ戦の試合会場はすでにシーズン前に決まっていて
参加する4ゲームのうち最後のこのゲームだけが
違う大阪経済大学グラウンドで行われた
晴れていないせいか
暑さによる体の消耗はないけれども
最終戦の様子を映し出すかのように
最終第四クォーターに入っても日が射すことはなかった

そのキャンパスは敷地が平坦で
グラウンドからその全体は一望できるワケでもなく
建物に沿って一列に並ぶ植え込みの
その樹木の名前は枝や葉の緑も映えずわからない。

僕の体はなぜだか緊張せず軽快に動く。
だが大教大チームには
1タッチダウンのリードを許していた。



「あたし感動してん。
こないだの試合、Smithすごかったやん。」

「みんなすごかったなぁ、
んでも、自分は最後あかんかってん
ボンクラのおっさんに打ち上げで言われて、
そうやったんかって、えらい後悔したわ。」

「なんでなん、Smithが一番活躍してたやん。」





主審がゲームセットを告げた
全身の力が抜け
グラウンドにガックリと左の片膝が落ちた
ニーパッドと膝の間に入り込んだ
グラウンドの砂粒は膝頭の皮膚をこすり
一粒二粒と数えられる位の
いやな痛さが残った

サイドラインに
相手チームの主将と副主将の2人がやってきた
反対側サイドラインへ挨拶に向かい進む
同期の2人のスパイクを僕はぼんやりと眺めながら
勝ち誇りナイスゲームと言い放つ目の前の二人に
会釈しかできなかった。


曇り空は
ゲームセットになっても
まるで一流の塗装工が仕上げた壁のように
完璧に灰色でグレーだ
気温は暑くもなく寒くもない
僕の視界にはあるはずの時計が入らず
時刻さえもわからない灰色な世界に僕はいた。
敗れ去ったという事実がそこにあり
最終戦でチームは
優勝どころかリーグの上位でも下位でもない3位に終った
天高く馬肥ゆるはずだったその日は
抜けるような青い空とはほど遠く
灰色が沈黙しハイボクをあからさまに伝えていた



「その女の子が、あたしやったらどうする?」

「そら、ないやろ。」




          
           『ベリーベリーストロング:アイネクライネ』


  
僕の胸にティンパニーが鳴り響いたのは
それから長い時間を経て 
やっと
この曲のイントロを聞いた時だった。
 
 


      ※   斉藤和義さんが伊坂幸太郎さんのアイネクライネと
        いう短編小説を読みコラボレーションして作った
        曲がこの『ベリーベリーストロング』です。
        僕もこの曲を帰宅途中にカーステのipodから流れるのを聴き
        後から自分の胸にもティンパニーが鳴り響いたことに気づき
        勝手にコラボしました。
        僕の貴重な読者の方々にも
        ティンパニーが響けばベリーベリーストロング。
 
 

2012年2月15日水曜日

「Greatest Love Of Allが好き。」






土橋の高速出口からも
東海道新幹線からも見えるそのビルは
周りの街の様子と世相を映し出して
銀座8丁目のショーボート跡地に
建てられていた
ハーフミラービルは竣工当時は
超現代的な印象と経営雑誌に掲載され
その後政界を揺るがす大事件のとき
そのミラーが不透明感の象徴だと揶揄された

彼女と初めてそこで会ったのは
新人の年の異動で上京した
真冬も過ぎて水も緩み始めた
春になろうとする季節だった

「Smith  一緒に遊んだって、
Megちゃんと。」

学生のときには知り合うことがなかった
背が高くモデルのように
オシャレな女の子に紹介された僕は
ビルの2階からその7階フロアへ上がった
その理由を忘れてしまうくらい
魂を揺さぶられてドギマギし、
文字通りアガってしまった

「あ、ああ、そうだね。」


と、言うくらいが精一杯で
正直、ホントにうれしかったが
どういう訳か素直に表せなかった。

首をかるく傾げ長い髪を少し揺らし
濃いめベージュのジョッパーズを履いた彼女は言った

「遊んで、遊んで。」

東京に出てきたばかりの
背伸びしがちな気持ちの僕は
突然の異動でショックをうけ
営業のシゴトにも自信を持てなかった
彼女のその言葉を聞いたことで浮かばれ
東京へ呼ばれたこの事態も
全く都合よくついてると思った。


都心部にある寮のメンツで
坂本龍馬を信奉するセンパイを中心に
何かのイベントのミーティングを
オフィスであいた会議室でやるために
みなそのフロアに集まっていた


少し前バレンタインデーに
デスクの上にチョコレートが山盛りで
それが思いがけないことだったが
僕の内側ではあまり盛り上がらず
固く冷たい何かが
どうしても引っかかっていた



思い込んでただけかもしれないが
そのとき冷たい心は踊り始めていた。



こないだの休みに探したんだ、
表参道から外苑前くらいまでグルグル回って、
俺知らねえから、ここが良さそうでさ。」

「ウソばっかり、
 みんなにそんな風にいってるんでしょ。」

「ホントだってば。」

そんな言い草だったが、
彼女の大きな目の瞳孔は開き
とても嬉しそうだった
直前の日曜日にひとりで
246青山通り近辺をてくてく歩いた
神宮前 北青山 南青山 
ガイドブックなど手に入れず
どうゆう訳か自分の感性を信じ
外回り中に記憶に残ったエリアを
青学出身の同期にもその辺りの
参道奥のゼストなどの情報を得たはいたが
鉢合わせを嫌って歩いて他を探したのだった
やはりそうした事実は虚言を装ったが
彼女のハートに伝わっていたようだった


 




はじめてのデートは
キラーストリートと246が交差する
ベルコモンズを挟む交差点から
西麻布方面へ少し降りた左で
キリンビールが期間限定でやっていたレストランだった
つい最近スタートした店の様で
背伸びしたい僕にはちょうど良く
髪の長い彼女がゆっくり座ると
なんだかドラマの中に
いるような錯覚を覚え
僕は上の空で
彼女の大きな目が笑っているのが
正直夢ではないかと思い
トイレのミラーで自分に語りかけた


「よかったなー。おまえ。」


話題がなくなると僕は自分が好きな
音楽の話をした
そんなあるとき


「Mr.Haytoがよくテープ作ってくれて
 ブラックコンテンポラリーが多い。」


「あー、今年のグラミー賞ってさ
ホイットニーヒューストンだったよね。
俺大学卒業ちょっと前に知ってすげー
感動してさ、聞いてると元気出てくんだよね。」

東京に出てきて数ヶ月だったが
標準語にも急いで追いつこうと
ムリをして使っていた


「私はGreatest Of Allが好き。」

「All at once でしょ、それ。」


そんなやり取りにあった
ホイットニーヒューストンが
2012グラミー賞の前夜祭パーティーの
前日突然この世を去った。


YouTubeで検索すると
最初に出たAll at once
僕が会社を止めても
その後僕らは別れても
どうゆうわけかよく会っていた
ふたりとも夜の散歩が好きだったのか
新宿中央公園 イグナチオ教会の土手 千鳥ヶ淵
春夏秋冬片耳ヘッドホンで
二人できっとこの曲を聞いていた