2012年2月15日水曜日

「Greatest Love Of Allが好き。」






土橋の高速出口からも
東海道新幹線からも見えるそのビルは
周りの街の様子と世相を映し出して
銀座8丁目のショーボート跡地に
建てられていた
ハーフミラービルは竣工当時は
超現代的な印象と経営雑誌に掲載され
その後政界を揺るがす大事件のとき
そのミラーが不透明感の象徴だと揶揄された

彼女と初めてそこで会ったのは
新人の年の異動で上京した
真冬も過ぎて水も緩み始めた
春になろうとする季節だった

「Smith  一緒に遊んだって、
Megちゃんと。」

学生のときには知り合うことがなかった
背が高くモデルのように
オシャレな女の子に紹介された僕は
ビルの2階からその7階フロアへ上がった
その理由を忘れてしまうくらい
魂を揺さぶられてドギマギし、
文字通りアガってしまった

「あ、ああ、そうだね。」


と、言うくらいが精一杯で
正直、ホントにうれしかったが
どういう訳か素直に表せなかった。

首をかるく傾げ長い髪を少し揺らし
濃いめベージュのジョッパーズを履いた彼女は言った

「遊んで、遊んで。」

東京に出てきたばかりの
背伸びしがちな気持ちの僕は
突然の異動でショックをうけ
営業のシゴトにも自信を持てなかった
彼女のその言葉を聞いたことで浮かばれ
東京へ呼ばれたこの事態も
全く都合よくついてると思った。


都心部にある寮のメンツで
坂本龍馬を信奉するセンパイを中心に
何かのイベントのミーティングを
オフィスであいた会議室でやるために
みなそのフロアに集まっていた


少し前バレンタインデーに
デスクの上にチョコレートが山盛りで
それが思いがけないことだったが
僕の内側ではあまり盛り上がらず
固く冷たい何かが
どうしても引っかかっていた



思い込んでただけかもしれないが
そのとき冷たい心は踊り始めていた。



こないだの休みに探したんだ、
表参道から外苑前くらいまでグルグル回って、
俺知らねえから、ここが良さそうでさ。」

「ウソばっかり、
 みんなにそんな風にいってるんでしょ。」

「ホントだってば。」

そんな言い草だったが、
彼女の大きな目の瞳孔は開き
とても嬉しそうだった
直前の日曜日にひとりで
246青山通り近辺をてくてく歩いた
神宮前 北青山 南青山 
ガイドブックなど手に入れず
どうゆう訳か自分の感性を信じ
外回り中に記憶に残ったエリアを
青学出身の同期にもその辺りの
参道奥のゼストなどの情報を得たはいたが
鉢合わせを嫌って歩いて他を探したのだった
やはりそうした事実は虚言を装ったが
彼女のハートに伝わっていたようだった


 




はじめてのデートは
キラーストリートと246が交差する
ベルコモンズを挟む交差点から
西麻布方面へ少し降りた左で
キリンビールが期間限定でやっていたレストランだった
つい最近スタートした店の様で
背伸びしたい僕にはちょうど良く
髪の長い彼女がゆっくり座ると
なんだかドラマの中に
いるような錯覚を覚え
僕は上の空で
彼女の大きな目が笑っているのが
正直夢ではないかと思い
トイレのミラーで自分に語りかけた


「よかったなー。おまえ。」


話題がなくなると僕は自分が好きな
音楽の話をした
そんなあるとき


「Mr.Haytoがよくテープ作ってくれて
 ブラックコンテンポラリーが多い。」


「あー、今年のグラミー賞ってさ
ホイットニーヒューストンだったよね。
俺大学卒業ちょっと前に知ってすげー
感動してさ、聞いてると元気出てくんだよね。」

東京に出てきて数ヶ月だったが
標準語にも急いで追いつこうと
ムリをして使っていた


「私はGreatest Of Allが好き。」

「All at once でしょ、それ。」


そんなやり取りにあった
ホイットニーヒューストンが
2012グラミー賞の前夜祭パーティーの
前日突然この世を去った。


YouTubeで検索すると
最初に出たAll at once
僕が会社を止めても
その後僕らは別れても
どうゆうわけかよく会っていた
ふたりとも夜の散歩が好きだったのか
新宿中央公園 イグナチオ教会の土手 千鳥ヶ淵
春夏秋冬片耳ヘッドホンで
二人できっとこの曲を聞いていた








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