2012年2月25日土曜日

「あなたを好きな女の子がいるのよ。」




部活マネージャーは大学からはじめた
と新歓で話していた同期の彼女が、
夜ボーッとしている時に電話をかけてきたのは
彼女自身の来春の就職の内定式が終わり
もろもろ一段落したからのように僕には感じられた。



「オレは留年したやろ
スーちゃんやハシフジみたいに真っ当な
会社に就職出来るかどうかわかれへん、
けど、ごっついなー。
City 他に内定した子。いてへんやろ。
ホンマにすごいで。」

「たまたま、入れただけやねん。」

「ハシフジは、ホンマは
CAなりたかってんやろ
あいつなんか落ち着かんから面接とかどないやろ
両方とも受けたんか?」



学科は違っても、フットボール部所属で
普通に話し、練習のときに接する機会が多く
僕らは良くしゃべったけれども
直接電話で話すのはおそらくはじめてだった
僕が以前付き合っていた部室が隣の
ラグビー部のマネージャーとは同じグループで
学内ではいつも一緒にいる程親しかった
その話は出なかったが、彼女は言った

「Mr.Smithを好きな女の子がいてんねん。」


僕は返す言葉が見つからず受話器を握りながら
短パンの先のすね毛をむしったり
古い畳をもむしったりし
なんとなくわかるなぁとか
いけ好かないことを話をして
自分が練習前よく一緒に茶を飲んでる
後輩の2人のマネージャーのどちらかだと
勝手におもいこんでいた






薄曇りの空が建物の向こうに広がっていた
リーグ戦の試合会場はすでにシーズン前に決まっていて
参加する4ゲームのうち最後のこのゲームだけが
違う大阪経済大学グラウンドで行われた
晴れていないせいか
暑さによる体の消耗はないけれども
最終戦の様子を映し出すかのように
最終第四クォーターに入っても日が射すことはなかった

そのキャンパスは敷地が平坦で
グラウンドからその全体は一望できるワケでもなく
建物に沿って一列に並ぶ植え込みの
その樹木の名前は枝や葉の緑も映えずわからない。

僕の体はなぜだか緊張せず軽快に動く。
だが大教大チームには
1タッチダウンのリードを許していた。



「あたし感動してん。
こないだの試合、Smithすごかったやん。」

「みんなすごかったなぁ、
んでも、自分は最後あかんかってん
ボンクラのおっさんに打ち上げで言われて、
そうやったんかって、えらい後悔したわ。」

「なんでなん、Smithが一番活躍してたやん。」





主審がゲームセットを告げた
全身の力が抜け
グラウンドにガックリと左の片膝が落ちた
ニーパッドと膝の間に入り込んだ
グラウンドの砂粒は膝頭の皮膚をこすり
一粒二粒と数えられる位の
いやな痛さが残った

サイドラインに
相手チームの主将と副主将の2人がやってきた
反対側サイドラインへ挨拶に向かい進む
同期の2人のスパイクを僕はぼんやりと眺めながら
勝ち誇りナイスゲームと言い放つ目の前の二人に
会釈しかできなかった。


曇り空は
ゲームセットになっても
まるで一流の塗装工が仕上げた壁のように
完璧に灰色でグレーだ
気温は暑くもなく寒くもない
僕の視界にはあるはずの時計が入らず
時刻さえもわからない灰色な世界に僕はいた。
敗れ去ったという事実がそこにあり
最終戦でチームは
優勝どころかリーグの上位でも下位でもない3位に終った
天高く馬肥ゆるはずだったその日は
抜けるような青い空とはほど遠く
灰色が沈黙しハイボクをあからさまに伝えていた



「その女の子が、あたしやったらどうする?」

「そら、ないやろ。」




          
           『ベリーベリーストロング:アイネクライネ』


  
僕の胸にティンパニーが鳴り響いたのは
それから長い時間を経て 
やっと
この曲のイントロを聞いた時だった。
 
 


      ※   斉藤和義さんが伊坂幸太郎さんのアイネクライネと
        いう短編小説を読みコラボレーションして作った
        曲がこの『ベリーベリーストロング』です。
        僕もこの曲を帰宅途中にカーステのipodから流れるのを聴き
        後から自分の胸にもティンパニーが鳴り響いたことに気づき
        勝手にコラボしました。
        僕の貴重な読者の方々にも
        ティンパニーが響けばベリーベリーストロング。
 
 

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