2012年2月12日日曜日

「もうこの機種はお取り扱いしていません。」



寒いホームを駅員さんが走り回っていた
ベンチの下を何度も覗き込み
彼の靴音がタイルのうえをヒビく
何かモノが隠れていそうな陰を
片っ端から覗き見て
階段を駆け降りた

「Mr.Smith すぐ、電話しましょう。
電話番号ありますよ。」

信号待ちに
大宮で埼京線カワゴエ行通勤快速を降り
網棚にボディバッグを置き忘れた事を話すと
植田まさしのキャラクターに似た
いつも親切な彼は
忘れものの連絡先の紙を
黒いバッグから
取出して渡してくれた。



「終点がカワゴエですから、その時間だったらあと20分後くらいに
駅に電話してもらえますか、現状
そうしたお忘れ物は届けられてはいませんので」













ボディバッグはオロビアンコベージュの
アーバンリサーチエクスクルーシブ

オレンジの長財布
ケース入りメガネ
auのケータイK09
サイフには
クレジットカード
自動車免許証
三菱東京UFJキャッシュカード
スポーツクラブ会員証
ビームスクラブカード
シップスメンバーズカード

レンタルビデオ会員証などが入っていた


「紛失したようなので、止めてもらいたいんですが。」
「一旦止めますと、カードが見つかっても
ご利用いただけなくなりますが、よろしいですか?」
承諾すると再発行するかときかれ
「到着は約2週間後に書留で届けられます。」
僕のように忘れっぽい
人は多いのだろうか、受け答えは
事務的だが流れるように手続きは済んだ




「ケータイを紛失したようなので…。」
「…。」

壁にはオレンジ色のコーポレートマーク
僕は応対は女子のほうが親切と思ったし
彼女はずいぶん持田香織に似てて
下心満々で、勢いこんで話した

「え?今なんて?え、
聞こえなかったんですけど。」

事情を話すと確認のため事務所の奥へ
相談へ入ったままずっと戻ってこない

「もうこの機種はお取り扱いしていません。
安心ケータイサポートは適用にならないので
新しい機種買い替えが必要です。
5万円ですね。」
「支払ったお金はムダになっちゃうんですね…。」
「そうですね。」


iPhoneから流れる曲のせいか
そのとき朝だからぼんやりしていたのか
ボディバッグなんかを置いた自分
は不注意なんだがやはりショックで
無愛想で事務的で察しがわるい
美形女子の受け答えは
ビジュアル充実だからこそ
ひどいギャップだ。




新しいキャッシュカードは
光沢が美しく
ジローラモが雑誌の表紙でかけてた
9999ウエリントンも心地よく
番号が同じケータイも
取り替えればやはり
文字通り新鮮だけれど

真冬の明るく晴れた午後
ホームの駅員さんの一生懸命さと
それぞれ応対した彼女たちの固く冷たい
雰囲気が
駅のベンチで日差しがつくる影
の境のようにクッキリと分かれていた


目的地の一つ手前の新駅で降りる
ホームの待合室はガラスで囲われ
駅舎も見通しを考慮してか
東京スカイツリーまで微かに見える
混雑しはじめ自動ドアで外に出る
頭がぼんやりするエアコンと外気も
まるで彼らの違いのようにハッキリと分かれていた。

夕暮れが肩を落とすと西から
オレンジ色の幾重もの無数の
光線となりこちらへ伸びて迫る
光を背にして自動改札を出る
冷たい外気が頬を撫でると
なぜか体の奥底から深呼吸を始めていた
繰り返す繰り返す繰り返す

彼らはホントに違うのだろうか
いろいろ必要で取り替えをした
今新鮮な気持ちの僕も
彼らとホントに違うのだろうか


西の空に日は
いつの間にか沈んでいた
その空気は
群青が天に接しオレンジ色は
家々の影でとぎれ
美しくゆるやかに二層に分かれ
やがてゆっくりと
闇へと変わっていった


『斉藤和義 郷愁』



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