2011年7月30日土曜日

「こちらの席あいてますか。」

久しぶりの
地下鉄飯田橋駅構内は
やはり入り組んでいて
迷路のように思えた
親切な案内表示をも確かめず
僕のクセだろう
足早に改札を出て
地上に上がった

外堀の橋から下る道を渡り
通り沿いに曲がると
CANAL CAFEがすぐ左手にある
夕暮れにちかづく闇を
待つように
水に浮かんだ
デッキのテーブルで
カップルや若者たちが
梅雨入り前の
渇いた喉を潤している

お堀のあたりは
水際のせいか少し
蒸し暑かったが
植え込みの紫陽花が青く
闇を染め始め
カウンターの照明は
水面に映り
暗いさざ波がその光を
揺らしていた






音信が途絶えたのは
いつだったか
なぜだったかを
思いだすことも
僕が忘れていた
その彼女は

九州のムラへ行こう「壱岐の島旅」

という
雑誌の記事で案内役として
協力参加していた

読んでいくうち
ふと思い立ち
挨拶とそのいきさつをしたため
郵便を出すと
数日後
電話連絡があった

「二十四節気の端午の節句
イベントをやるので
ぜひ遊びにきてください、
奄美大島出身の女子も
調理手伝ってくれておいしい食事
も用意してるので。」


アエノコト


おもてなしの行事のことを
石川県でそう呼ばれ
伝統的な意味合いがあるらしい






スペース『神楽サロン』
白い瀟洒で今風な建物
外堀通りから裏の
入り口のドアは開いていて
受付で会費を払うと
はたと単独できたことに
気がついた
主催者には軽く挨拶したものの
やはりお仲間のグループが
声を掛け合う雰囲気は
いろんな集まりと同様だ


何も考えず
ひとりできてみたんだ
ならば
きっかけを待ち
目の前の席にきた人に
僕から
話をしてみようと
決めて
額に少し滲んだ汗を
ハンカチで拭おうとした

そのとき



「こちらの席あいてますか。」
と彼女は言った



こうしたことがなければ
一生出会うことはない人だった











Anyway  Life  flux.

Yes,liflux.






2011年7月20日水曜日

「家で話をしてやってくれ 。」



雨が心に音を立てていた。


一面に水が流れおちる
ウィンドウのワイパーは忙しく動く
一旦停止の標識や信号さえもが
さえぎられ
テーマパークで床に固定され一緒に揺れる
ゴンドラに座ってハンドルをにぎって
いるようだ


いつ止むやも知れず
降り続く雨粒がルーフを
やかましく波打つように叩く
タイヤがはねる水の音も
アクセルの奥から聞こえるようだ
土砂降りの局地的豪雨でも
僕は夜8時までに車を
戻さねばならなかった







「もういいから、殺してくれ   。  」




彼は
細くなってしまった腕に
点滴の針を刺されて
ストレッチャーで横になりながら
足をバタつかせ大声で叫んだ

処置室で
横になっていた患者さんで
目をあけ顔を向けるひともいた
「たいへんね。」
付き添いの人から言われ
僕は神経がドリルの先に触れ
囚われたように肩がこわばった


「これからすぐ入院してください、
ご本人には息子さんから
話していただけますか。」
危ないのですかと尋ねると
先生のメガネの奥の小さな目がゆれ


「はい、病名はまだ特定できませんが。」





「家で話をしてやってくれ、病院へ検査に行くように。 」



兄からのはじめての
ケータイ着信で聞いた言葉だったが

わかったとふたつ返事をして
念のため本人をのせる
レンタカー予約をし
帰宅途中東京駅裏手界隈で
東京名古屋のぞみの
ディスカウントチケットを買い
その足で緑の窓口で予約を手配し
翌早朝部屋を出て
始発で家に向かった



僕はなぜこんなことを
しているのだろうか

何かあっても関係なしと
決めたのではなかったか

会えばかならず
争う相手に
手は差し伸べないと
決めたのではなかったか

忙しいとか
テキトーな
言い訳をして
やり過ごすのではなかったか


まもなく名古屋に到着します
車掌の声を聞き
降りる時が来ても当然
その疑問はとけなかった

父親のために
あて先不明の治療が始まり
心の準備を とも言われた

延長一日の休日は
東京行きのぞみ最終の
ドアを降りてようやく
終わった

急な坂を部屋に戻る
ふと見上げると月は
闇の中を上りきり
中空で白く
満ち足りていた

透きとおった光は
地上を照らし
僕の中心に流れ込み
しつこくまわりくどく粘る固い
『それ』
カンペキで混じり気のない
水のようにていねいに
やさしく洗い流しはじめていた

それは
BoySmithが
月になげたいつかの夕暮れと
まったく
変わろうはずはなかったが
はしりながら尋ねたその「なぜ」に
やっと応えたのだった

月はただ
その口をつぐんだまま
迷った僕に行く手を
いざなうように
照らしはじめていた






あれから何度
東京名古屋間を往復したか
憶えていない
落ち着ける座席の頼み方にも
くわしくなり
きびしく暑く
わけの分からない夏がすぎ
秋風が夕暮れに涼しい頃
彼も快癒した




月はまた
ただ沈黙してこの星を巡り
見守るうように行く手を照らし
優しく僕を招き寄せていた




Year  and  season flux.



2011年7月11日月曜日

「オリーブ煮込んじゃうんですよ。」










僕は
小さな頃から
といっても
そのはじまりは
はっきり憶えてはいないが
本を読んでいると
いつの間にかその本の世界に
入り端役かなにかで参加し
巻き込まれている
ような感じになることがよくあった。


文庫で純文学を読んだ
『杜子春』芥川龍之介
『友情』 武者小路実篤
『こころ』夏目漱石
『人間失格』太宰治



杜子春が
鉄冠子に
「おまえがもし、あのとき声を出さなかったら
お前の命を絶ってやるところだった。」
と言われた時などは
僕が
鉄冠子に睨まれているような気がした




その3D状態が僕のカンドーの
基準で
3Dが現れない文章は印象も薄く
薦められて読んでも感想すら述べられない
ことがあったのだった。


村上春樹の作品
初期はちがうけれど
3Dに呼ばれる作品が多い

1Q84もそうだし、
『ダンス、ダンス、ダンス』
『海辺のカフカ』
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』
『ねじまき鳥クロニクル』


3Dエフェクト作品で
詳しく
検証してはいないが
各々の3Dラインが実は
つながっている気がする



krunch へボリオリのジャケットSOHOを
受け取りにいった時
1Q84の話をしはじめたら






門前仲町の店の扉を開けた
その瞬間

あたらしい物語小説の
路地に入り込んだような
気がした
$E6��に本を持たず
生身の体で歩く


歩く歩く
隣にはお洒落な自転車を引いて
店主
話をしながら
情景が移っている
写っている
錆びたトタン張りの二階建ての無人の家
ナトリウムランプオレンジ
点滅する赤い歩行者信号


生暖かいかすかな風
滲む汗
足のウラ 指で
道の凸凹
上り下りを感じる








液晶画面で見たような
店の外観
常連のひとたちが
台本に書いてあるようなセリフ

ピアノはね
右手と左手を別々に練習するのよ

何でもおいしいけど
チリンドロンがおすすめ



L字カウンター窓側の人は
演技派の個性的俳優。
後に加わる
ヘアデザイナー

隣にはセレクトショップオーナー
ああ
緻密な脚本


キッチン奥ではマスターが
フライパンでパスタを和え始めている

少し深く白い器の中の
オリーブを齧ると
味わったことのない
本当の味が口に広がる
キになる果実な味
ヨーロッパな味
地中海周辺の食材のもと


知らなかった
こんなにうまいとは


「オリーブ入れて煮込んじゃうんですよ。」


厳しく熱い
昨年の夏に

こんな
楽しさが
訪れるとは
夢にも思わなかった

どういうわけか
きっと
なにかの計らいで


清く澄んだ
白い河
までたどり着き

水先案内人に
その流れflow
乗せられ
この時間に
たどり着いた











flow is also flux





2011年7月3日日曜日

「ここにおまえのシゴトはない。」





なかなか大変です
うまくいかないと思います
企業ではよくあることで
相手は
恐らく百戦錬磨で
十分注意して言葉を選んで使い
あなたが
レコーダーで録っていても
係争し勝ち取るには時間が
すごくかかります


県の女性担当者は親身な感じを
装ってはいたが判で押したような
受け答えをしていた。


ケヤキ並木は
白熱した
アスファルトの路面に
深く濃い木陰の
輪郭を切り取っていた

肌を刺す
真夏の太陽は
道路工事の交通指導員も
壁を打ち付ける大工さんも
スタンドのアルバイトの女子をも


もちろん
僕をも追い込んでいた。










ここにおまえのシゴトはない


したがって出勤に値せず


一対一の会議室で
暗い蛍光灯が
照らす下で彼は
キツネかヘビのように
上目遣いで僕に言った。


会社の方針に従います


僕は考え尽くした
回答を
満を持して解き放った。

彼の評価も判断も
共にそれは事実で
ならば
正当が妥当かは
論ずることはないが
受け入れられず
他人に相談し
理屈を作り出し
あたかも
正義の味方であるかのように
その場に臨んだのだった



「じゃあ会社が死ねと言ったら死ぬのか?」




ネットの新聞ニュースで
彼の二十歳過ぎの息子が
私服婦人警官を襲い
下着を奪おうとした
わいせつ罪公務執行妨害罪
で先頃逮捕されたと

報道記事があった
オフィスのみんなが
YahooやGoogleで
検索し
これ見よがしに

プリントおき忘れなどをしていた

それも
太陽が激しく熱く燃える
同じ夏のことだった。


あれから
幾度となく過酷な夏を経て
自分自身を取り巻く
環境も
その責任の性質や内容も
すっかり変わってしまい


一度祝いの席で
軽く挨拶を交わしたことがあったが




あれから彼とは一度も会っていない。






Solar  flux.