2012年3月8日木曜日

「どうするつもり?」




雨は日付けが変わってから降り出し
漆黒の闇の中で
大自然の掟が整然と関わり合い
雨粒は重力に抵抗なく落下しながら
凍りはじめ
その降下速度を落として
雪の結晶に姿を変え
ふわりふわりと舞っていた
いつもなら朝日が昇り
青空に泳ぐ軽く白い雲や葉の緑が
鮮やかな時間には
外は明るくなったが
見渡す限り一面に降り積もった雪がゆるやかに照り返す
足元の静かな輝きが
そこかしこの雰囲気を
別のものに変えていた。




「あたしがいるのはよくないと
思うから、お別れしましょう。」

「えっ?」

「そう思わない?」

 「初対面の君にそう言われてもさ、どこかで会ったっけ?」

  「じゃあさっきの事は一体なんだったの?
そんな事だから、女子をつなぎ止められないのよ。」

「確かに君はとてもキレイで魅力的だけれど
僕はそんなこと頼んだ覚えはない。」






広く白い雪面には今朝起きぬけに
突然やって来た夢が映しだされて
電車のスピードに乗って
場面も急激に展開して行く
そのすれ違いも手の込んだ
シナリオのように見事で
予感させる何かをひとことずつで
だんだんと募らせて行く










「どうするつもり?
 どういうつもりなの?」

「あー、いやー、俺誘われてさ
来てんだよね、だからさ。」

「最近すごく楽しそうで、いろいろ聞かされてるけど
思わせぶりなことばっかりしたら
かわいそうじゃない
ハッキリしてあげてよね。」

鉄板の上の焼きそばに
粉末ソースを満遍なくふりかける
タイミングをみて
スーパードライをはねないようにかけると
急に水分が沸騰する音とソースの香りが
公園のバーベキューエリアを包み込んだ
彼女の友人の女子は
缶を左手に右手は箸をアツい焼きそばに
僕の大阪弁がニセモノといったり
僕ら二人の行く末成り行きに
注文をつけていた
目の前には京王井の頭線で
時折ピンク色の下膨れ先頭車両
が交錯して走っていたが
ちょうど線路のこちら側は目黒区
で土曜の午後の時間帯が区民の抽選で当たり
彼女の十歳の子供も一緒に
数人かで食材を買い込んで来たのだった


「あたし、Smithに全部さらけだしてるのに
Smithは全然応えてくれない、なんでなの?」

「何でって言われるとさ。
俺自分の部屋とかは
見せらんないよ、やっぱり。
カッコ悪いからさ。」

「だから、あたしもそうだって言ってるのに。」


中目黒駅からほど近い徒歩圏内に
彼女が家族と住んでいる実家があり
もう少し足をのばすと
有名人が沢山住んでいるエリアで
その晩高架下の居酒屋で
火野正平のデカい笑い声を聞いて
みんなで笑っていたら
終電を乗り過ごし泊めてもらう羽目になった
狭く暗い部屋で彼女は
横になろうとしている僕に
スッピンの顔を近づけて
歯ブラシを渡しながら
僕をじーっと覗き込むように見つめて
かわいく言った。





「おやすみなさい、Smith。」








地上すれすれの高さで明滅する
光がかろうじてみえるそのあたりには
これから開業すると
近頃伝えられはじめた
東京スカイツリーが
遠くに小さく姿をあらわしていた
あれは航空機警告ランプの光だ

その明滅するサイクルを
走るこの車両の窓から
ただ静かに見る


それは暮れなずむ西の空で
瞬きはじめる金星のように
時の移ろいと否応なしに訪れる
明日を
そして変化変動を


ハッキリと伝えていた。









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