2011年7月20日水曜日

「家で話をしてやってくれ 。」



雨が心に音を立てていた。


一面に水が流れおちる
ウィンドウのワイパーは忙しく動く
一旦停止の標識や信号さえもが
さえぎられ
テーマパークで床に固定され一緒に揺れる
ゴンドラに座ってハンドルをにぎって
いるようだ


いつ止むやも知れず
降り続く雨粒がルーフを
やかましく波打つように叩く
タイヤがはねる水の音も
アクセルの奥から聞こえるようだ
土砂降りの局地的豪雨でも
僕は夜8時までに車を
戻さねばならなかった







「もういいから、殺してくれ   。  」




彼は
細くなってしまった腕に
点滴の針を刺されて
ストレッチャーで横になりながら
足をバタつかせ大声で叫んだ

処置室で
横になっていた患者さんで
目をあけ顔を向けるひともいた
「たいへんね。」
付き添いの人から言われ
僕は神経がドリルの先に触れ
囚われたように肩がこわばった


「これからすぐ入院してください、
ご本人には息子さんから
話していただけますか。」
危ないのですかと尋ねると
先生のメガネの奥の小さな目がゆれ


「はい、病名はまだ特定できませんが。」





「家で話をしてやってくれ、病院へ検査に行くように。 」



兄からのはじめての
ケータイ着信で聞いた言葉だったが

わかったとふたつ返事をして
念のため本人をのせる
レンタカー予約をし
帰宅途中東京駅裏手界隈で
東京名古屋のぞみの
ディスカウントチケットを買い
その足で緑の窓口で予約を手配し
翌早朝部屋を出て
始発で家に向かった



僕はなぜこんなことを
しているのだろうか

何かあっても関係なしと
決めたのではなかったか

会えばかならず
争う相手に
手は差し伸べないと
決めたのではなかったか

忙しいとか
テキトーな
言い訳をして
やり過ごすのではなかったか


まもなく名古屋に到着します
車掌の声を聞き
降りる時が来ても当然
その疑問はとけなかった

父親のために
あて先不明の治療が始まり
心の準備を とも言われた

延長一日の休日は
東京行きのぞみ最終の
ドアを降りてようやく
終わった

急な坂を部屋に戻る
ふと見上げると月は
闇の中を上りきり
中空で白く
満ち足りていた

透きとおった光は
地上を照らし
僕の中心に流れ込み
しつこくまわりくどく粘る固い
『それ』
カンペキで混じり気のない
水のようにていねいに
やさしく洗い流しはじめていた

それは
BoySmithが
月になげたいつかの夕暮れと
まったく
変わろうはずはなかったが
はしりながら尋ねたその「なぜ」に
やっと応えたのだった

月はただ
その口をつぐんだまま
迷った僕に行く手を
いざなうように
照らしはじめていた






あれから何度
東京名古屋間を往復したか
憶えていない
落ち着ける座席の頼み方にも
くわしくなり
きびしく暑く
わけの分からない夏がすぎ
秋風が夕暮れに涼しい頃
彼も快癒した




月はまた
ただ沈黙してこの星を巡り
見守るうように行く手を照らし
優しく僕を招き寄せていた




Year  and  season flux.



2 件のコメント:

Ohana さんのコメント...

ハタから見ているだけではわからない、イロイロな感情の流れがあるんですね。
今度ゆっくり話を聞かせてくださいな。レイも交えて(笑)

Streamer Smith さんのコメント...

なるほど
タイトル通り
感情の流れが出ていたのですね。

気づきませんでした。
暑く変化のきびしい
最近の夏は
出来事の印象が強いです。

僕が生まれる前にも
この国でそんなことが
おこってました。

僕が生まれる前から
夏休みの宿題は
みんな
サボってたのでした。
未提出のまま
ずっとですね。
Ohahaさんは宿題なんぞ
さっと切り上げ
たのしくあそんでたんだろうね。